僕はいくつかの表現方法を目的と場合によって使い分けているが、その中心に据えているジャンルは小説である。
基本的に純文学志向である。そして、最近気がついたのだが、僕の大部分の小説はマジック・リアリズムに基づいているようだ。
高校在学時は、「日常性と非日常性は、同一のものの同一の側面である(要は区別が無い)」という思想を基底として、幻想的色彩を持つ私小説風作品を執筆。数十篇の短編小説および処女長編「まちの小説」を執筆、後者においては田園風景の消失と地方都市の疲労を「非」論理的に書いた。
大学入学後、フランク・ザッパの「概念継続」的手法を導入した長編第二作「夢遊という散策」を執筆。古典文学や説話のパロディ・換骨奪胎や、非直線的な物語構造を実験する。
一貫して追っているテーマは、心象風景の再現・ファルスと叙情性の共存・小説の解体など。
二作の長編はいずれも複数の挿話が交錯するオムニバス形式をとっている。これは「何の共通性もないように思われる事象同士が、複雑で有機的な関連を持つことで世界が構築されている」という世界観を、小説の構造に応用しているため。
余談だが、「どんなジャンルの小説を書いているの?」と問われるのが非常に苦手である。
この質問をされた時、僕は適当にお茶を濁しながら、心の中では以下のように思っている。
「ひと様にとっては大問題かもしれません。しかし僕にとってはね、短編なのか長編なのか、主人公は誰なのか、どのジャンルに分類されるものなのか、そんな事はどうでもよいのですよ。僕が語るべき問題ではないですね。その仕事は、世の中に大勢いる、『物事を理解することが何よりも好きな人々』に任せておくことにしましょうよ。彼らは他人の言葉を借りて、他人の言葉について語ることが何より好きな人たちです。彼らはあらゆるものの属性に関して、幾つもの見てくれの良い名称を考え出しながら、必ずや素晴らしい説明をしてくれるはずですよ」
さて、あなたはまだ説明を求めますか?
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