路面電車日和 


 

たちの悪い冗談のように良い天気だったので、わたしは路面電車に乗ることにした。こんな午後にはうってつけの旅路だ。あんまりにも、天気が良すぎるのだった。

 

わたしは駅前広場の一角に佇んでいる。赤茶けたクシャクシャの髪を風に躍らせ、ツギハギだらけの極彩色の服を着て佇んでいる。

そんな服、どこで売ってるわけ?と皆わたしのことを笑うのだが――まったく失礼なはなしだ。けれど、笑われるのは割と好きなので構わないが――お生憎様、こんな服、何処にも売っていない。実を言うと、わたしの手作りなのだ。丁度こんな風に天気のよいふざけているような日の午後のことだった、わたしは裏通りの古着屋で三枚の服を買った。古着屋の中は足の踏み場もないほどに大量の洋服が吊り下げられていて、それは丁度首吊り死体のように吊り下がっていて、わたしは息がつまる思いで三枚の服を選んだのだ。しかし苦労して買ってきたにもかかわらず、そのどれもわたしに似合わなかった。わたしは家に戻って、机の引き出しの中を転がっていた裁ちバサミを手に取り、その三枚の服を思うさま切り刻んだ。そうしてできた布の切れ端を、おんぼろミシンで縫い合わせ、新しく一着の服を作り上げたのだ。

しかし、三着を一着にしたので、二着分の布の切れ端が余ってしまった。わたしはその余った布の一部を使って、大きなつばの帽子を作った。潰れた麩饅頭のような、大分とおかしな形だったが、なかなかの自信作だった。でも、その帽子はもうなくなってしまった。とあるみすぼらしい子どもに「かして!かして!」としつこくせがまれたので、小さな頭の上にかぶせてやったら、その子は何処かへ遊びに行ったきり、ついに戻って来なかったのだ。

あの子どもは今も、わたしの帽子をかぶったままで何処かを走り回っているのだろうか。そんなわけで、わたしの手元には、ツギハギだらけの服が一着残っただけ。

夏のひざしが、駅前広場に佇むわたしの上に降り注いでいる。わたしは一冊の本を小脇に抱えている。その本は書店ではなく、八百屋で買ったものだ。通う人もいなくなり、古びて倒壊しかけた教会の前で、しなびたカボチャやレタスを山と積んだ八百屋の屋台が出ていた、その屋台の片隅、ボウルに山と盛られたトウモロコシの横に、この本が置いてあったのだ。

わたしは春菊を買いに言ったのだが、置き去られていたその本にすっかり魅せられてしまい、手に取ってみたり、ぱらぱらと捲ってみたり、その布張りの表紙の手触りを味わっていると、店番の少年が――彼は口周りにヒョロヒョロと無精ひげを生やし、輝きのない大きな瞳をまぶたで半分だけ隠していた――ふと顔を上げ、「安くしとくから持ってっていいよ、お嬢さん」と言ってくれたのだった。こうしてわたしは春菊を買うのもすっかり忘れて、その本を買い取って帰ったのだった。

それが三年前の話なのだが、いまだにこの本は読んでいて飽きが来ない。というのも、いまだに一つも読めないのだ。なにしろ何語かわからない文字で綴られていて、一体何が書かれているのか、さっぱり分からない。そんなわけで、わたしはこの本を開くたび、その時そのときによって頭の中で勝手な内容をでっち上げて楽しんでいるのだ。その本は読もうとすればちっとも読めないのだが、読もうとさえしなければ、いくらでも好きなように読める本だった。

くしゃくしゃの髪の毛に、ツギハギだらけの服を着て、そしてわけのわからない本を小脇に抱えた、そんな間抜けな出で立ちのわたしの横には、一羽のカモがしゃがみ込んでいた(カモにとって、「しゃがみ込んでいた」という形容が妥当なのかどうかは知らないけれど、わたしにはそう見えた)。見覚えのあるカモだった。たしか、この近くの川で見かけたことがある。背中に矢を深々と突き立てて、まんじりともしなかったカモ――。今日も彼は矢を突き立てたままでいた。さっきわたしは矢を抜いてやろうとしたのだが、彼はうるさげにわたしの手をすり抜け、おしりを左右にふりながら歩き去ってしまうのだった。

夏の暑いひざしが空気を歪めて、わたしの目に映った風景は絶え間なくゆらめいていた。

その揺らめく風景をいらいらするような速度で切り裂きながら、一両の路面電車がやっとわたしたちの前に姿を現した。電車の体躯は、使い古したアルミのおべんとう箱を思わせた。しかしわたしの心になによりも強く焼きついたのは、その車体の側面いっぱいに描かれているラクガキだった。色とりどりのペンキを使って無軌道になぐり描かれた、どこの国のものでもない地図。わたしは自分のツギハギだらけの服を見、そしてサイケデリックな電車を見、「同じにおいがするなあ」とつぶやいた、胸中にて、そっと。

 缶ビールを開ける時の音がして、扉が開く。慢性的な疲労を抱えている風情の運転手が、わたしたちを無言で出迎えた。わたしはカモを抱きかかえて乗り込んだ(後から考えてみれば、カモは別に電車を待っていたわけではなかったのかもしれないが、もし嫌だったならば彼のことだ、はっきり意思表明をしたことだろう)。

 わたしとカモを乗せて、電車はゆっくりと走り出した。慢性的な疲労を抱えている風情の運転手の背中を見やったり、窓の外を見やったりしながら、わたしは久しぶりに爽快な気分を味わっていた。開かれた窓から勢いよく吹き込んで来る風が、わたしのうなじに浮かぶ汗を乾かしてゆくのがわかった。

もう夏なのだ、かげろうでゆがむ街、整然と立ち並ぶ街灯と、等間隔で植えられているプラタナスの木々が、ダリの絵のような曲線を描いて、あまりにも青すぎて白く見えすらする空に溶けてゆくのは痛快だった。道路沿いに立ち並ぶビル、家々、余りにもありふれ過ぎていて違和感すら覚える都市風景、その中で生きている時はうんざりするような情景なのに、なぜ電車の窓を通して見ればこんなに素敵なスナップに見えるのだろう、まるでペテンにかけられているみたいに思えた。

 

 この街中で一番大きな川をまたぐ橋を渡ったところで、こけた頬ぼねを持ち、顔の左半分に影を集めている、やせっぽちの男が一人乗ってきた。彼は不恰好に形崩れした巨大なリュックサックを背負っていて、それを下ろすこともなく席に座った。わたしは顔を上げ、彼の方を見た。リュックサックの上部の口が開いていて、そこから大量の風ぐるまが顔をのぞかせていた。どうやらリュックサックの中いっぱいに、風ぐるまが詰め込まれているようだった。風ぐるま売りだ!とわたしはつぶやいた、胸中にて、そっと。彼は席に座るなり船を漕ぎ出したのだが、それを見てわたしは、ああきっとこの人は徹夜でこんなに大量の風ぐるまを作っていたんだろう、それですっかり疲れちゃって、やせこけて、頬もこけてしまって・・・・・・などと、勝手な感慨に耽るのだった。それにしてもこの風ぐるま売りは本当に生気のない顔つきでいた。電車の窓から吹き込んで来た風が彼の背中の風ぐるまをからからと回していて、まるで風ぐるまが彼の命を吸い取って、元気にからだを回転させているような、そんな風に見えた。

 

 ――と、しばしの間、風ぐるま売りを眺めていたのだけれど、ふと何かがわたしの服のポケットを突っついているような感触を覚えた。顔を向けると、カモと目が合った。

わたしはポケットの中に、おやつのチョコレット・キャンディを一掴み入れていたのだ。こいつは、その匂いを嗅ぎつけたのに違いない。でも、カモはチョコレットなんて食べるのかしらん?わたしは首を傾げつつも、せがまれるままにチョコレットの銀紙を剥き、カモの小さなクチバシの中に放り込んでやった。カモの食欲は旺盛で、銀紙をむくわたしの手が追いつかないくらいだった。あんまりにも煩くせがむので、わたしは銀紙の方を放り込んでやった。するとカモのやつ、眉をしかめて(カモに眉があるのかは知らないけれど)「グワァ」と鳴いたので、わたしは思わず吹き出してしまった。

さて、出発してからもう数十分ばかり走ったからだろうか、窓の外はだんだんと見慣れない風景に変わりつつあった。そう言えばこの辺りにはあんまり来る機会がないものね、この電車に乗らない限りは。わたしはチョコレットの銀紙をむきながら、声には出さず独り言を呟く。枝振りの悪い木が生い茂った自然公園、余り使用されているようには見えない市民ホール、ソフトボールの大会が開催されている学校のグラウンド――。同じ街に住んでいるのに、わたしの人生とは交差することなく生きている人たちがそこにいた。

いつか一度ここらの停留所で下車して、その付近を当てもなく散策してみるのも楽しいかもしれない。何処か新しい場所に辿り着いたり、誰か新しい人に出会うかもしれないし、そうすれば、少々煮詰まり加減のわたしの人生も少しは変わるかもしれない。

それは実に素敵な計画に思えた。そして素敵に思いながらも、多分いつになっても絶対に実行しないんだろうな、きっと。絶対に。

――そんなことをボンヤリと考えながら、休む間もなくカモにチョコレットをやり続けていたのだが、いつまで経ってもポケットの中が空にならないのはどういう訳だろう。尽きること無くこぼれ出てくるチョコレット・キャンディ。もしかして、わたしの中からこぼれ出しているのかもしれない。

しかしさすがにキリがないので、わたしはカモの円い頭を平手でぽんと叩き、「もうおしまい!」と言って、チョコレットをやるのを止めた。意外なことにカモは特に不満を表すこともなく、すんなりとクチバシを閉じた。

 

電車はたいくつな速度で走り続ける。赤茶けた髪につぎはぎドレスのわたし、背中に矢を突き立てたカモ、そして虚脱した風ぐるま売りを乗せて、かげろうに歪む街中を深海魚のように泳いで行く。停留所が来ると律儀に停車し、缶ビールを開ける時の音を立てて扉を開くのだったが、乗って来る人も殆どいないのだった。ついさっき、高校生らしき男の子と女の子の二人組が乗って来たのだが、三駅ほど進んだところで降りて行ってしまった。彼らは狐につままれたような、「乗る電車を間違えた」と言いた気な顔付きで、あたふたと降りて行ってしまったのだ。

そうだきっとあの子らは乗る電車を間違えたのだろう、とわたしは思う。男の子は頭の後ろの寝癖が目立っていたし、女の子はお化粧が――まるで無理な背伸びでもしているようで――似合っていなかった。それでも二人とも、夏をカンバスとして自分たちの肖像画を描く権利を、しっかりと持っているようだった。(わたしは過去・今を通じてその権利を持っていないし、これから先獲得する見込みも無いのだが)

わたしは遠ざかって行く彼らの後姿を眺めながら、少しの間空想にふける。――教室の窓から吹き込んで来る爽やかな風が、ブラスバンド部のチューニングの音と、休み時間のおしゃべりの声、高らかなチャイムの響きを運んでいる。校舎の真っ白い壁と青空のコントラストが眩しく、そして時が経つとそれは白とオレンジ色のコントラストとなり、夕焼け空の下に広がる放課後の校庭に影ぼうしが伸びてゆく。――わたしはため息をつく。何故だか知らないけれど、顔が赤くなってくるような気がした。

そんな、わたしの顔を赤くさせてしまうような風景を、いつか失くしてしまった時、あの二人はもう一度この電車に乗りに来ることだろう。乗り間違いなんかではなく、今度こそ本当にこの電車に乗りに来ることだろう。そう思った。

 

二人の後姿が見えなくなったところで、わたしは本を開いた。手始めに、窓の外に広がっている空――トマト色した太陽を抱いて、サンゼンたる輝きをばら撒いている、あのたちの悪い空――を、大きな海に変えてしまおう。そして、このラクガキだらけの路面電車は、もうがたの来かかっている旧式の帆船にしてしまおう。わたしの傍らで「我関せず」とでも言いた気な顔つきでいるカモは、思い出せないような昔の歌をうたうオウム。後部座席でまどろんでいる風ぐるま売りは、カギヅメの手をもった船長。信号機が青に変わって、慢性的な疲労を抱えている風情の航海士はハンドルを大きく切り、船は右折する。おもかじ・いっぱい!窓から吹き込んでくる排ガスの臭いの風は、潮の香りがする風となり、、わたしはくしゃくしゃの髪の毛を躍らせて、水平線の向うを見やる。

今日この本からわたしが読み取るのは、古めかしい海洋冒険小説。それはわたしに、懐かしい記憶を呼び覚ましてくれる。小学生の時、放課後の寒々とした図書室でそんな本を読んでいた覚えがある。平板に訳された、ひらがなだらけの文章の本、しかしずっしりと重たくて、挿絵も少なく、ちょっとばかり敷居が高く感じられたものだが、わたしはかまわず読み進めていたものだ。そうすると、校庭や教室から響いてくる甲高い声もずんずん遠ざかってゆくようで、心地よくもあり、また妙にやり切れない気分にもなり、わたしは一層本の世界の中に没頭するのだった。そしてわたしは思ったものだ――船乗りになりたい、と。

そう、わたしは船乗りになるべきだったのだ。でも、わたしはなれなかったのだ。船に乗るどころか、路面電車に乗ることが精いっぱいの遠出なのだ。なぜわたしは船乗りになれなかったのだろう。きっとわたしは本を開くよりも先に、海辺まで走って行って、停泊している船の中へどれでもいいから乗り込むべきだったのだろう。大きな酒樽の中にでも隠れていれば、何とかうまく潜り込めたかも知れないのだ。しかしわたしは、そうしなかった。船はとっくに港を離れてしまった。そしてわたしは何処へも行けずじまいだし、何処へも帰れずじまいなのだ。だからわたしは今日も、読めもしない本を開くのだ。背中に矢を突き立てたオウムが歌っている――おもかじ・いっぱい!

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

突然電車が停まった。

すると、風ぐるま売りがのっそりと立ち上がり、覚束なげな足取りでバスを降りて行った。扉が開いて吹き込んで来た夏の生暖かい風が、彼の背中の何百という風ぐるまを回していて、その回転をエネルギーとして彼が動いているようにも見えた。彼の目は閉じられたまま、何かを夢見ているのか、それとも夢見ることをやめてしまったのか・・・・・・。

降りて行った風ぐるま売りを見送るため、わたしは本から顔を上げたのだが、窓の外の風景の変わりように改めて驚いてしまった。いちめんに広がる、緑色の田んぼ。壊れた耕運機が風雨にさらされて、静かに錆び付いている。山沿いには崩れかかった納屋、その脇に停められた軽トラのタイヤには、泥がこびりついて白く光っている。そして、くすんだ色のガードレールが細い路にそって伸びてゆく。用水路の横には、水量調整に使う重たそうな袋が二つ三つ、暑さにやられたかのようにうな垂れている。こんもりとした小さな木立の中、常緑樹の枝の向うに、紅色の鳥居が微かに見え隠れしている。わたしが本を読み始めた時には、まだ街中を走っていたというのに、とうとうこんなに遠い所までやって来てしまったのか。

駅前の雑踏の中から出発したこの電車は、最初は街の大通りを通っていたものの、そのうちにだんだんと窓から見える家々がまばらになってゆき、しまいには人影もない、田んぼに囲まれた小さな村々にまで到達したのだ。舗装もされていないあぜ道のような細い路に、錆びかけたレールが敷かれていて、その上をアルミの弁当箱を思わせる小さな電車がゆらゆらと走って行くのだ。一体誰がこんなところまで線路を引いたのだろう、とわたしは不思議に思う。街の大通りを颯爽と走っていたはずの電車は、いつしか田舎のバスのような有様となり、そしてわたしは読めない本を読み耽っていたのだ――風ぐるま売りが降りてしまうまで。

「時間調整のため十分間停車いたします」慢性的な疲労を抱えている風情の運転手が、しょっぱい声でそう言った。なんだか本当にひどく疲れているみたいだ、とわたしは彼の後姿を見て思った。

わたしは相変わらず、窓の外に広がる田園風景を眺め続けていたのだが、青空の下、田んぼの向こうから、わらわらと小さな影ぼうしがいくつもいくつも、黄色い声を上げながら駆け寄って来た。彼らは片一方の手に風ぐるまを持ち(風ぐるまは、向い風をいっぱいに受け止めて回転していた)、もう片方の手にはペンキの入ったバケツを提げていた。村中の子どもたちが駆けつけて来たのだった。

子どもたちは電車を取り囲み、手にしたペンキで車体に思い思いの線を引き始めた。彼らの気まぐれで透き通ったいたずら心は、めまぐるしく電車の表情を変化させ、みるみるうちに誰も見たことがない国の、誰も見たことがない地図を浮かび上がらせるのだった。こうして、新しいラクガキが電車を彩ったのだった。

わたしは首を伸ばして子どもたちを見た。ひょっとすると、わたしの帽子をかぶったまま何処かへ行ってしまったあの子が、その中に紛れ込んでいるかもしれない、そう思ったからだ。しかし彼らは重たそうなバケツを提げているにも関わらず、軽々とした足取りでちょこまかと走り回っているので、わたしは彼らを目で追うのが精一杯だった。わたしは必死で窓にへばりついていた。しかし駄目だった。しばらくして、子どもたちはわたしの焦りなど何処吹く風でわらわらと走り去って行き、緑いちめんの田園地帯の中に溶け込んで行った。わたしは思わず「待って!」と叫んで手を伸ばしたが、声にならなかった。伸ばした手は何処にも届かなかった。

でも、たった一人だけ立ち止まった子どもがいた。その子はほんの一瞬、振り返ってわたしを見た。そしてすぐさまきびすを返し、一目散に走り去って行った。こうして、子ども時代のわたしは田園地帯の中に溶け込んで行ったのだった。後姿が溶け込んで見えなくなるその刹那、彼女の頭に乗っているツギハギだらけの帽子のつばが、風にひるがえった。

 

そして、方向転換した電車がゆっくりと動き始める。折り返して、線路を逆にたどり始める。もう帰る時間なのだ。

わたしは本を閉じ、ついでに目を閉じる。

静けさの中に沈殿してみる。

走り始めた電車は都市を目指す。まどろみ続けるわたしを乗せて、田んぼいちめんの世界を通り過ぎ、窓の外に見える家々の屋根が増えて行き、しまいには、きれいにアスファルトで塗り固められ、プラタナス並木が整然と植えられ、人と車でごった返した街にまで帰って行くのだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

次に目を開けた時には、電車は駅前広場の一角で動きを止めようとしていたところだった。あっと言う間の帰還だった。まるで長い夢から覚めた朝のような心持で、わたしは伸びをひとつした。朝の光の中ではなく、夕暮れのオレンジ色の中で、わたしは大きく伸びをしたのだった。

その傍らで、まるでわたしの真似をしてでもいるように、カモが羽根を伸ばしていた。

 

こうしてわたしは、またぞろ駅前広場に戻って来た。ああまた振り出しに戻ってきたわけか、とわたしはため息をつく。今日の旅路がまるで白昼夢であったかのような気分で、わたしは駅前広場の一角に佇んでいる。赤茶けたクシャクシャの髪を風に躍らせ、ツギハギだらけの極彩色の服を着て、読めない本を小脇に抱えて。

それじゃ、俺もう帰るよ――そんな風に言いた気な背中を見せて、カモはわたしの元から歩き去って行った。一歩一歩、彼が歩みを進めるたびに、背中の矢が左右に揺れている。足取りが少しばかり重くなっているように見えるのは、チョコレット・キャンディを食べ過ぎたせいだろうか、それとも、べつな理由からだろうか。

駅舎に入ってゆく人々、駅舎から出て来る人々、広場で立ち止まり、噴水のへりやベンチに腰掛ける人々、わき目もふらずに通り過ぎてゆく人々、その姿、その息遣いが、まるで潮が引いてゆくようにわたしから遠ざかって行った。読めない本の見開き、一方のページには立ち尽くしたわたしの影が、そしてもう一方のページには去って行くカモの残像が描かれている。わたしはしばらくそれを眺めてから、そっと本を閉じた。そう、もう帰る時間だよね。

カモの後姿を見送った後で、わたしは線路の上に目を落とす。線路はわたしの足元から、見えなくなるほど遠くまで続いている。一体何処に続いているのだろうか。何処にも続いていない気もする。わたしの中から伸び始め、そしてわたしの中へ戻ってゆく。円環が閉じ、その上を電車はぐるぐると回り続ける。いつまで回り続けるのだろうか、わたしは知らない。どうしようもないのだろう、きっと。

でもわたしは、いつかまたこの電車に乗ることだろう。今日みたいに、たちの悪いほど天気のいい日が訪れたら。読めない本がこれからも読めないままだったら。あのカモが背中に矢を突き立てたままだったら。

わたしは歩き始める。チョコレット・キャンディを一粒、口に放り込んで。 



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